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大阪高等裁判所 平成11年(ラ)781号 決定 2000年1月17日

抗告人(相手方) 朝日監査法人

右代表者代表社員 徳田汎司

<他1名>

右両名代理人弁護士 河本一郎

同 三浦州夫

相手方(申立人) 真住居敏郎

<他29名>

相手方ら代理人弁護士 辻公雄

同 吉川法生

同 竹橋正明

主文

一  原決定主文一項を以下のとおり変更する。

二  抗告人両名は、平成一二年三月三一日までに、次の各文書を原審裁判所に提出せよ。

1  抗告人両名が平成四年四月一日から平成八年三月三一日までに行った日本住宅金融株式会社に対する会計監査及び中間監査に際して作成した財務諸表の監査証明に関する省令六条に基づく監査調書一式に含まれる原決定別紙文書目録記載の文書のうち、本決定別紙債務者目録記載の者に係わる部分

2  抗告人両名が平成四年四月一日から平成八年三月三一日までに行った日本住宅金融株式会社に対する会計監査及び中間監査に際して作成した財務諸表の監査証明に関する省令六条に基づく監査調書一式に含まれる原決定別紙文書目録記載の文書のうち、本決定別紙債務者目録記載の者以外の者に係わる部分であって、これらの者の氏名、会社名、住所、職業、電話番号及びファックス番号の記載を除く部分

3  抗告人両名が平成四年四月一日から平成八年三月三一日までに行った日本住宅金融株式会社に対する会計監査及び中間監査に際して作成した財務諸表の監査証明に関する省令六条に基づく監査調書一式に含まれる文書のうち原決定別紙文書目録記載の文書以外のすべての文書。

理由

第一抗告の趣旨及び理由

「抗告状」及び「抗告理由書」記載のとおりであるから、これらを引用する。

その骨子は、「①原決定は本件文書提出命令申立てが文書の特定に欠け、民事訴訟法(以下「法」という。)二二一条一項の要件を満たさず、本来却下されるべきものであるのに、法二二〇条四号イないしハの除外事由の存否を判断するために設けられた法二二三条三項のインカメラの手続きを流用して、文書の特定を行うという誤りを犯して採用した。このように本件文書提出命令には法二二一条、二二二条、二二三条に反する違法があるので、文書提出義務の存否を検討するまでもなく取り消されなければならない(以下「抗告理由①」という。)。②原決定主文には債務者目録に誤りがある(以下「抗告理由②」という。)。③原決定には法が文書提出義務の除外事由としている法二二〇条四号ロ、一九七条一項三号の判断に誤りがある(以下「抗告理由③」という。)。④原決定主文では文書の特定がなされておらず、原決定は無効である(以下「抗告理由④」という。)。⑤原決定主文には関連性のない文書が含まれており、必要性の判断に誤りがある(以下「抗告理由⑤」という。)。」というのである。

第二当裁判所の判断

当裁判所は、原決定の別紙債務者目録を本決定の別紙債務者目録と差し替える必要があると認めるものの、原審のその余の判断には誤りがなく相当なものであると判断する。その理由は、以下に付加等するほか、原決定の理由第二記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原決定八頁四行目、八行目、九行目、一二行目、同九頁六行目、七行目の各「一五六名」をいずれも「八一名」と改める。

二  抗告理由①について、

1  抗告人両名は、「原決定には相手方の文書提出命令の申立てが法二二一条一項の要件を満たさず、対象文書の特定に欠けているのに申立てを却下しなかった違法がある。同条は文書の特定を要求して、文書の所持者に対象文書を識別させるとともに提出義務の存否及び必要性の判断をさせようとしている。法二二二条は文書の特定を申立人の責任としたうえ、これによる不都合を回避するため文書特定のための手続を設けた。したがって、文書提出命令を申立てる場合、申立人は個々の文書毎に『文書提出の義務』や『証明すべき事実』との関連が分かる程度に『文書の表示』と『文書の趣旨』を明らかにしなければならない。そうでなければ文書提出義務が一般化されたこと(法二二〇条四号)に伴い、文書の所持者は証拠として不必要な文書の提出まで命じられる危険があり、文書特定手続きを設けた立法趣旨や立法経過に照らして、このような解釈は許されない。しかも、原審裁判所は法二二三条三項のインカメラの手続きを流用して、文書の特定を行うという誤りまで犯している。そもそも、同手続きは、文書提出義務の一般化に伴い、法二二〇条四号イないしハの除外事由の有無を判断するために設けられた手続であるから、同手続によって文書の特定をすることは許されない。まして、申立人が行うべき文書の特定のためにこれを流用することなど法の予定するところではない。以上のとおり、原審裁判所の審理及び判断には法二二一条、二二二条、二二三条に違反した違法があり、文書提出義務の存否を検討するまでもなく、取り消されなければならない。」旨主張する。

2  確かに、法二二二条が文書特定のための手続を設けている趣旨等に照らすと、法が本来予定しているのは文書提出命令の申立人が識別可能な程度に文書を特定したうえ、文書の所持者に文書の「表示」及び「趣旨」を明らかにすることを求め、対象を特定して文書提出命令の申立てを行うという手続きである。法二二三条三項のインカメラの手続きの目的が「第二二十条第四号イからハまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるとき」と限定している点に照らすと、法は右除外事由の判断の前提として同手続きを使用することを予定しているものと認められる。

3  しかし、本件監査調書は種々の書証を含む膨大な記録であるから、法二二二条が予定する文書特定の手続きによることは、迂遠で、当事者に過大な負担を強いることになりかねない。そもそも文書提出命令の申立てに際して文書の特定が要求される所以は、文書の特定がなされなければ、裁判所において、当該文書の提出の必要性と提出義務の有無を判断できない点にあり、裁判所がこれらの判断を行いうる場合には、証拠の不特定という形式的な理由だけから証拠申請を却下することは許されないものというべきである。

また、原審裁判所がした本件監査調書一式の提示命令は、訴訟の円滑な運営という観点から訴訟指揮の一環として行われたものと認められ、抗告人両名も異議なくこれに従っているから、仮に法二二三条三項が予定するところを超える点があっても、直ちに違法ということはできない。

4  したがって、抗告理由①については理由がない。

三  抗告理由②について、

1  抗告人両名は、「原決定の債務者目録には被監査会社である日本住宅金融株式会社の債務者以外の七二名が含まれている。これらの者は訴外株式会社住宅ローンサービスの債務者であり、抗告人らはこれらの者の文書を所持していない。インカメラ手続きによって真剣に法二二〇条四号の除外事由の有無を審査したのであれば、このような誤りを犯すとは考えられず、右除外事由の有無に関する判断にも疑問を抱かざるを得ない。」旨主張する。

2  確かに、抗告人ら主張の債務者七二名は、被監査会社である日本住宅金融株式会社の債務者ではないので、この点は抗告人の指摘するとおりである。しかし、右誤りがあるというだけでは、その余の指摘に理由があるとはいえない。

四  抗告理由③について

1  抗告人は、「原決定には法二二〇条四号ロ、一九七条一項三号の判断に誤りがある。原決定は、債務者目録記載の者の中には既に倒産状態に陥っている者が多々存在するので、秘密保持の要請がさほど強くないと述べるが、これを裏付ける証拠は全くない。また、利益状況の判断において、個々具体的に債務者の状況が判断されなければならず、原審の判断は余りにも乱暴な議論といわざるを得ない。そもそも法一九七条一項三号が職業上の秘密を理由に証言の拒絶を認めたのは、証人が技術又は職業の秘密を公開することにより、その者又は第三者が有する技術の価値が損なわれて職業の維持遂行が危うくなることを防ぎ、技術又は職業を保護することを目的としたものである。ところが、原決定は債務者らの属人的要素から判断するという誤りを犯している。重要なのは、個人のプライバシーや社会的経済的信用に関する情報が豊富に含まれた監査調書が強制的に開示させられることにより、監査人が行う監査情報の秘匿管理に関する社会的信頼が損なわれ、今後の監査業務の遂行に対する被監査企業やその取引関係者等の協力が得られにくくなり、ひいては適正な監査業務の維持遂行が危うくなることにある。自己についての情報が裁判を通じて公表される危険があれば、おのずと監査人に対する情報の提供を躊躇することが生じるのは容易に予想される。このような事態を未然に防ぎ、監査人の職業を保護しようとするのが民訴法一九七条一項三号の趣旨である。したがって、原決定のこの点に関する判断には誤りがあり、取り消されなければならない。」旨主張する。

2  しかし、本決定の別紙債務者目録記載の債務者については、大蔵省の立入り検査の結果、日本住宅金融株式会社への債務額や、そのうち不良債権化した金額の概略が明らかになっているので、本件訴訟という限られた場面で、その内訳や詳細が明らかになったからといって、これによってもたらされる不利益は必ずしも大きいとは考えられない。また、これらの者以外との関係ではプライバシー保護の観点から提出の仕方に相応の配慮が施されており、しかも、明らかになるのも、日本住宅金融株式会社との取引関係での債務額に限定されるから、本件提出命令による関係者のプライバシー侵害の程度は必ずしも大きいとはいえず、この程度の不利益は適正な裁判実現のために甘受されるべきものである。

3  抗告人らは、本件提出命令が認められることになれば、監査人が行う監査業務への信頼が失われて支障が生じる等の弊害が予想されると主張する。しかし、抗告人らは基本事件で虚偽の監査報告を行ったとしてその責任を問われているのであり、原審裁判所は、右報告内容が虚偽か否かを解明するため必要であると判断して、本件文書提出命令を発しているのである。このような事件の性格に照らすと、本件文書提出命令を認めることによって、監査人の行う監査業務一般に支障が生じるとは考え難い。むしろ、抗告人らは自己が行った監査業務の内容に疑義が出されている以上、その内容について積極的に説明すべきであるから、前記2のとおり、関係者に対するプライバシー侵害の程度も大きいとはいえない以上、職業の秘密を楯に基礎資料の提出拒否を認めることは許されないと考えられる。

4  したがって、抗告理由③には理由がない。

五  抗告理由④について、

1  抗告人らは、「原決定主文は特定性に欠け、抗告人らが提出を命じられた文書の特定すらできないから原決定は無効である。」旨主張する。

2  しかし、原決定主文が、特定性に欠けているとは認めがたい。原決定は、要するに、抗告人両名が所定期間内に行った日本住宅金融株式会社に対する会計監査及び中間監査に際して作成した財務諸表の監査証明に関する省令六条に基づく監査調書一式に含まれる文書の全ての提出を命じることとし、そのうち原決定別紙文書目録記載の文書については、原決定債務者目録記載の者に関する部分はそのままの形で、その余の者に関する部分は個人の特定ができない形で提出するよう命じているものと認められる(なお、右債務者目録に誤りがあり、その訂正を要することは既に述べたとおりである。)。

3  したがって、抗告理由④は理由がない。

六  抗告理由⑤について

1  抗告人らは、「本件監査調書に含まれる文書のうち、少なくとも原決定主文第一項3の文書には関連性が認められず、証拠調べの必要がない。」旨主張する。

2  しかし、証拠の取捨選択は心証の形成とも密接に絡むものであり、基本事件を審理する原審裁判所のみがなし得ることなので、当裁判所がこの点の判断を行うことは許されない。

3  したがって、抗告理由⑤にも理由はない。

第三結論

以上のとおり、本件抗告は原決定の別紙債務者目録の誤りを指摘する限度で理由があるが、その余の点では理由がない。

よって、原決定主文を右の限度で変更することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井筒宏成 裁判官 古川正孝 和田真)

<以下省略>

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